名古屋弁芝浜
正色(しょうしき)
平成二十三年八月二十二日 第一稿
作 大野 健
原作 三遊亭円朝
「正色」・あらすじ
正直者だが酒びたりで何日も商いに出なくなってしまった魚屋正五郎。このままでは歳も越せないと女房に急かされて、不承不承に下之一色の河岸に出かけ戌亥島の浜で大金の入った革財布を拾ってしまう。これで毎日酒を飲んで暮らせると大喜びの正五郎だが、女房は、いよいよ働きに出なくなりそうな亭主が心配でならない。迎え酒で寝入ったのを幸いに、財布を大家に届け出し、亭主には夢の中の話だったことにする。亭主は浅ましい夢をみたと心を入れ替えて断酒して懸命に働いて店を持つまでに繁盛する。数年後の大晦日、女房は革財布を前に亭主の大嫌いな嘘をついていたことを打ち明ける。
1.
女房 ちょっと、おめぁーさん、おめぁーさんって
亭主 おう・・・あゥ・・・、なんでぁ、まんだ暗(くれぁ)でねぁか。人がえー気持ちで寝とったのに・・・なんか用きゃ?
女房 おめぁーさん、はよまわしして河岸へ行ってちょーでぁ
亭主
はぁ?
女房 商いに行かなかんがね
亭主
なんでぁ、商いに行けってきゃ?
女房
なんでぁだねぁーわ、ゆんべ、おめぁーさん言っただねぁーか、あしたの朝からおれはもうまちぎゃーなく商いに行くで、今夜は飲むだけ飲ましてくれって、おめぁーさん、ぐっでんぐでんに酔っ払ってまうくれぁ飲んだんだがね
亭主
うふん・・・・・ゆんべ? そんなことを言ったきゃ、おれが、おめぁーに? え? ふうん? 商いというけれども、なんかしゃん飽きがきてまうんだわ、酒はいつまでも飽きがこんのだけどよー・・・いや、行かんっていっとるわけだねぁよ、ものにはついでっちゅうこともあるでな、まぁえーだねぁーか、まんだ、行かんでも、もう二、三ン日
女房 なまかわ言っとったらかん。 まあへぁ、おめぁーさん、十日も二十日も商売を休んどるだねぁーの。
暮れも近ェに、どうするつもり?
亭主
わかっとるて。 おめぁが何も鼻の穴おっぴろげて、暮れが近ェって言わんでも、うちだけが暮れが近ェわけだねぁーわ
女房
なにを呑気なことを言っとるの。釜の蓋開きゃせんよ。
亭主
釜の蓋が開きゃせんなら、鍋の蓋かなんか開けときゃええだねぁーか
女房
釜も鍋も開きゃせんのだわ
亭主
うふん・・・・・何もおめぁ釜だの鍋だの無理に開けることもねぁだねぁか、あきゃせんもんなら。ま、どうしても開けてぁなら水がめの蓋でも開けて、もたんきゃ
女房
鮒や鯉だねぁんだから、水ばっか飲んで生きてけるわけねぁーがね。ほんなことを言っとらんと、しっかりしてちょーでぁ、ねえ、きんのうあれだけ約束したんだで、行ってちょうでぁ、商いにッ
亭主
そんな約束したきゃ? ゆんべ?・・まぁほら・・行かんとは言わんけどよう、考えてみよ、そう、すらっといくもんだねぁーよ。ほうだろう。十日も二十日も。おめぁ、商い休んでまったんだよ。その間、得意先がおめぁ芋だのでぁーこだの食ってつねぁどるわけもねぁだろ? どっかほかの魚屋が入ェってまっとるかもしれん・・・だろう? ほんなとこへ、たーけ面して荷担いでって 『やっとかめやなも、魚正(ウオマサ)だがね』 『なんでぁ正(ショウ)ちゃん、まめやったきゃ、十日も二十日も来ィせんと今ごろ来てもどもならんがね、ほかの魚屋に来てまっとるで、まあ、あかんがね』 ・・・なんちゅうことになると・・・おうじょうこいてまうに
女房
なにを言っとるの、おめぁさんが行かんもんで他の魚屋が入ェってまうんだがね、おめぁさんのお得意だねぁーか、おめぁーさんが行きゃ、『どうしたんでぁ魚正、また酒に飲まれてまったんだろ』 ぐらいの小言は、ほら一度はいわれるだろうけど、蟹の一杯でもかれいの一枚でも買ってくれやーすわ。そりゃせぁーしょのうちはちょびっとばか、いやな顔をされて断わられるかもしれんけど、そこはおめぁーさん十日も二十日も休んだほうが悪いんもんで、しょうがねぁわね、だろう? それともなにー? おめぁーさん、ひとにとられた得意先を取り返すだけの腕は、まーのーなってまったっちゅうの?
亭主
なに言っとる、おれは餓鬼の時分から、ばいやくりで負けたことみてぁなあらせんぞ
女房 ほんなら行ってちょーでぁ
亭主
行けったっておめぁ、・・・二十日も休んでまっとるんだろ? 飯台が乾ェて、わやになっとらせんきゃ・・・たががはぜて歪(イガ)んでまって、おめぁ・・水がたらたら洩れてまう飯台みてぁな担ッついで歩けるきゃ?
女房
なに言っとるの、昨日今日魚屋の女房になったんだねぁよ。ちゃんと底たに水張っといたでね、水の洩れるようにはなっとらせんよ
亭主 ・・・包丁はどうでぁ?
女房
ゆんべ出して見たんだけど、おめぁーさんがちゃんと研いで、そば殻ン中へつっこんであったでね、ピッカピカに光っとって、活きのええ秋刀魚みてぁな色しとるがね
亭主 ・・・草鞋は?
女房 まわしできとるよ
亭主
ふん、よー手が回っとるなぁ。・・・商いに行くってってもおめぁ、仕入れの銭だっているぞ?
女房
巾着に入ェっとるよ
亭主
・・・煙草は?
女房
巾着に入れといた
亭主 あかんて、こっちによこせ、どうも煙草は巾着に入れとくと、すぐ出てこーせんでジリジリしてまうんだわ、こっちにちょう、・・やっぱ煙草っちゅうもんは腹掛けのどんぶりに突っ込んどくのが一番ええんだわ。ん? 行くぞ、行きゃええんだろ、行きゃ・・・ぎゃーつくぎゃーつく急かさんでちょー、うるせぁは
女房 ・・いやな顔せんと行ってちょーでぁ。やっとかめに商いに出るんだねぁーの、えか? ほれみやー、支度するとやっぱええ気持ちだろう? 草鞋もまっさらだで、気持ちええだろう?
亭主
ふん、よーねぁわ・・・気持ちがええっちゅうのは、好きな酒飲んで、ゆっくり朝寝してとるときを言うんだわ
女房
とろくせぁこと言っとってかんわ。びしっとしてちょーでぁ、河岸行っても喧嘩したらかんよ
亭主
あー、行ってくるわ (と天秤を肩に)・・・うー、寒い、寒い。眠気みてぁすっかり覚めてまったわ・・・あー、うざこぃなぁ・・・考ェてみると、魚屋みてぁなァ、割の合わん商売ァだわ。どこの家でもみんなええ気持ちでいびきけぁとる盛りだねぁか、あたりは真っ暗だしよ、起きとるとこみてぁな一軒もあれせんて、みよ、 起きとるのは俺とむく犬ぐれえなもん・・・シッ、シッ、うるせぁ、なんでぁー吠えつきやがって、やめよ、二十日顔見せんかっただけで、このたわけ忘れてまっとる、俺だわ俺だわ、あッはッは、やっと気がついたきゃ、尻尾振っとるわ、なんだー、おー? 犬に忘れられてまうようじゃ商いに行っても心細ェわな、・・・あーあ、ほーでもなんだな、愚痴こぼしとるけど、小せァ頃からやっとる商売だで、うん、 だんだん浜が近なってきて、こう磯臭ェ匂いがぷうんと鼻へ入ェあってくると、この匂いはまた忘れれんでいかんわ。ほーでもあれッ? このあたりまで来るとせぁーが、てぁーぎゃ明るなるんだけど・・・いやにうす暗ェだねぁか。ああ、なんだぁ!・・・問屋がまんだ一軒も起きとらせんぞ、なんだー浜は休みきゃー、今日は? ほぉ? おれが出てきたら問屋が休みだっちゅうのは、まずいんだねぁーの、休みなわけあるきゃ、どうしてまったんだ、浜へ来や、いっつも今ごろは夜が明けてこなかんのだけどなぁ、(と、空を見て) おっかしいなあ・・・・・あ、正雲寺(ショウウンジ)の鐘だ、ええ? ああええ音色だなえぁーか、新川をつーっと通って海へぴィんと響いてくで、まーたまらんがね、・・・また、なん・・・一つ刻(トキ)が違っとるでねぁーか (と、も一度空を見上げ) 暗えわけだわ。かかあ、一刻(イットキ)間違えて早く起こしやがったッ・・・・まぁ、てぁーぎゃーにしてまわんといかんわ・・・てって家に帰ってかかあ、ど叱かったっても、またすぐここへ出直してこならんで、まあ、しょうがねぁわ、浜へ出て一服やっとるうちに、しらしら明けになるわ・・・よッ、どっこいしょっと (と飯台を肩から降ろし) ああええ心持ちだ、ああゆんべ飲み過ぎてまって、ほんでなんかこうねたねたしとるんだな、塩水で口でもいすィで、な? (両手に水をすくって、口をゆすぎ、ペッペッと唾を吐き、それから顔を) ううッ、たまらんわ、(と二、三度ぶるぶるッと洗って) ああええ気持ちだわ・・・ああさっぱりしてまった、ありがてぁありがてぁ、はっきり目が覚めてきたがね、ここらで一服やるきゃー (飯台を左右に置いて、その上に天秤を渡して、傍らへどっかりと腰をおろした。火口とって、石をカチッカチッと打って、煙管の煙草に火をつけて、ぷうッと吸い) あっ、ぽおッと白んできたぞ・・・ああ、ええ色だぎゃあ、ええ? あぁ後光がさすってよう言うけど、なるほど雲の間から黄色い色がでてくるんだなァ、え? みてみよー、だんだん薄赤くなってきたがね、どうみても、鯛の色だわ・・・あ、帆掛け舟が見えてきた。なんだー、もう帰りきゃ、ちゅうと、え? おれが早ェえと思ったら船の方はまんだ早ェえんだな、愚痴も言えーせんな、考えてみりゃァ・・ああ、海ってえやつはいつ見ても悪くねぁが、こいつを十日も二十日も見んと暮ェとったんだ・・・えッ、どうでぁーもこの海・・・(と、一服吸って、火玉をはたき、ふと、その火玉がすうッと波打ち際に消えたところへ目がいってじいっと見ながら、も一つぷッと煙管吹いて、持っていた煙管をぐうッと伸ばして、その雁首に砂に埋まっている紐をひっかけて、ぐいッとたぐり寄せた。)・・・なんだぁ、え? あれっ、汚ねぁ財ェ布だな、ええ? 革は革だろうけど、ぬるぬるだわ。永ぎゃーこと水に入ェっとったんだわ。砂が入ェっとるとみえて、なんかしゃん重てぁな、永ぎゃーあいだ波にもまれとる間に、いつ入ェるともなく、な? 砂出さんと何ともならん・・・あッ―――
(*覗き込んで中身を認めると、身体が小刻みに震え出し、あたりを見回すと、あわてて財布の紐をくるくるッと巻き、ぐうッっと水を絞って、腹掛けのどんぶりへねじこに、飯台を肩へ・・・。
ドンドンドンドン〜〜〜〜
亭主
おっかァ、はよ開けよッ、おい、おっかァて・・・
女房
はい、いま開けるわ、かねしてちょーね、一つ時刻ちがえてまったんだわ、おめぁーさん怒って帰ってこんかと思って気にしとったんだよ、かねしてちょう、いま開けるで待っとてちょー・・・なにー、まあそうドンドン叩かんといて、ご近所にみっともねぁーで、いま開けるで待っとりゃー。いま開け・・・・・どうしたの? おめぁーさん、喧嘩でもしてきたんでねぁーの?
亭主
おっかァ、早よ締めよッ、だれもぼってきとらんだろうな、え?・・・・・おっかァ、おめぁ時刻まちぎゃーて早う起こしただろう?
女房 かねしてちょーでぁ、おめぁーさんが出てってから気がつィたんだわ。また怒られるとおもって、追っかけて行こうとも思ったんだけど、女の足では間に合わんし。かねしてちょーね、ほんとうに
亭主
そんなことはええんだわ・・・おれが河岸に行くとせぁが、問屋は一軒も起きとらんのだわ。起きとらんのもあったりまえだわ、ど早ェで、な? ま、浜へ出て一服やろめぁかってひょいと戌亥(イヌイ)島の波打ち際のところを見るとせぁが、なんかしゃん、いごくもんがあるんだわ・・・はァ魚だと思って ほれで煙管の雁首に、引っ掛けて引こずってみたら、存外重てぁんだわ、たぐってくとおめぁ・・・(小声で) だれもおらんきゃ・・革の財ェ布が上がってきたんだて。
汚ねぁ財ェ布なんだ、ほれでおめぁ、なんの気なしに中のぞいてみるとせぁが、おっかァ・・・これだわ、見てちょう、おい、銭で一杯ェだでよ
女房
え? なにー? おめぁーさん革の財布を戌亥島で拾って来(キ)やーたの?
亭主
ま、黙ってみてみよ・・・勘定してみよて
女房
まあ・・・ほんとかね、おめぁーさん、え?・・・どえれぁ目方あるがね・・・あれ、銭だねぁ、金(カネ)だがね。二分金だねぁーの・・ま、勘定したるでね・・・ちゅう、ちゅう、たこ、きゃぁ、な・・・・・
亭主 じれってぁ勘定のしかたをしとるな、で? いくらあるんだ?
女房 ちょっと 待っとってちょー、数えとるとこにわきから口挟んだらあかんがね・・・でぁーいち手が震えてまって、勘定しとるうちにあとにもどってまうんだがね
亭主
こっちにかしてみよて、こっちィ・・・・・ェェひとよひとよ・・・・・ふたふたふた、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、よッちョよッちョ・・・・・(小声で) おいっ、おい四十八両あるぞ!
女房
まあ、どえらけねぁお金だねえ・・・・・どうする、おめぁーさん
亭主
なに言っとる、どうするっておめぁ、おれが拾ってきたんだ、おれの銭だわ、商えみてぁ行かんでも、釜の蓋でもなんでもあくだろう、お? へっ、ざまあみろ。ありがてぁありがてぁ。こんだけ銭がありゃ、おめぁ、明日っから商えみてぁ行かんでも大いばりだわ。毎日毎日ぐいッと好きな酒を何升飲んでも、びくともしんわ。おっかァ、尾張中捜しても四十八両も持っとる金持ちは一人もおらせんぞ、ここんところ、金公だの寅公、竹、みんなにもう借りっぱなしだったでよ、いつでも向こうに銭払わしとったんだわ、きまりが悪いだねぁーか。おればっかし飲んどったらいかんわ、もうやーこだで、な? 呼ばってちょー、ほんで、えぁーつらの大好物をぎょーさん、山ほど誂えてきて、で、みんなで、食べからきゃーて今日はもう、祝い酒だわ、おい、ちょっと呼ばって回ってきてちょー
女房 なに言っとるの、おめぁーさん。いま夜が明けたばっかしだねぁーの、金ちゃんだって寅さんだって、商いもあれば仕事もあるがね、お昼過ぎにでもならな、どもならんって言われてまうに。
亭主 ほーだなぁ、はっはっはっ・・・・・あんまりうれしいもんで夢中になってまった。ほうきゃ・・といって昼過ぎまでつないどれんしなぁ。ゆんべの酒まんだ残っとるだろ? え? 今朝早ョからおこされてまったでよ、眠たてしょうがねぁんだわ、ぐうッと一杯ァやって、ひと眠りして、ほれから昼過ぎたらみんな呼ばってきて、飲みからきゃーて・・おぅ、湯飲みでええぞ、めんどうだでよ、うん、注いでちょう・・・ああ、んみゃなあ。ああ、ありがてぁありがてぁ。な?
おれはよ、正直者の正ちゃんだでよ、正直に言うとな、ゆんべは明日から商いに行かなかんっちゅうのが胸につかえてまって、飲む酒がうめぁことあらせんかったんだわ・・ああ、まあこれで商えみてぁな行かんでもええんだから、どうだまあ、酒の味がまるっきしちがうでかんわ
ああ、たまらんなあ、・・え? 香こでもなんでもええわ、ふんふん、ハゼの佃煮があったきゃー? ちょっとつまめりゃええて・・・・・はあ、ありがてぇあ・・・・・まんだあるきゃ? 注いだてちょーでぁ・・・うん、おっとっとっと、なんだ、ずいぶん残っとるだねぁか、ほうきゃ、ふふ、ヘッこのごろ弱なってまったかしゃん・・・ああ、ありがてぁありがてぁ、ほれみい、おれは運がええんだわ、昔からよう早起きは三文の得っちゅうけども、三文どころの得だねぁよ、まさかおめぁ浜で財ェ布を拾ってまうとは思わんだろう・・・
ちゅうッ、ちゅうっ・・・よしよし、これでおつもりきゃ。またあとでみんなと浴びるほど飲めるんだで、まあええわ・・・ああ、利くわ今朝は・・・あっ、いかん、さっきから妙だと思っとったら褌もなにもびっしょびしょだねぁか。おい、褌出してくれッ、ああ腹掛けも取らにゃ・・・おいおっかァ、腹掛け脱がしてちょー。おう、おれは寝るでな、昼になったら起こいてちょーよ
* 床の中へ入ると、ぐうーッと・・・。
女房
ねえ、おめぁーさん、おめぁーさんっ
亭主 ・・・おっ・・あぅ・なんだぁ、おうッ、くそたわけ、びっくりこくだねぁか・・・なんでぁ火事きゃ?
女房
火事だねぁわ、商いに行ってちょーでぁ
亭主 ・・・なにぃ?
女房
商いに行ってまえんかね。ぐずぐずしとると河岸に行くのが遅なってまうよ
亭主
なにこいとる、商えみてぁな?
女房
おめぁーさんが商いに行ってくれんと家の釜の蓋が開きゃせんがね
亭主 ・・・また始まったな、くそたわけ。釜の蓋も鍋の蓋もあれせんわ、きんのうのアレであけときゃええがね
女房
なにー、きのうのアレって?
亭主
おい、どうしたんだ、おい。なにーってことはねぁーだろー、え? おめぁに渡しただろう・・・(小声で) 四十八両! あれで、釜の蓋、ばーっとあけるAKBフォーティーエイト まー、寝起きから頭の回転がなんたらええんだろう? あれ使かやええだろー
女房
なにー、その四十八両って・・・?
亭主 おッ、くそたわけ、このアマっ・・・ええ加減にせなかん、ちったぁいくのはかまわんけどもよ、まるっといくのは見とれんぞ、おめぁちーとこすねぁか・・・ははぁ、だましかっとるんだな、わしにまでだましかってどうするんだ、・・・おれが昨日戌亥島の浜で拾って来た四十八両があるだろう?フォーティーエイト
女房
なに言っとるの、おめぁーさん昨日戌亥島みてぁな行とれせんがね
亭主
なにィ? おれが戌亥島行っとらん? そんなことあれせん。おい、お、お、おめぁが起こしたろう、え? ほんで、おれが河岸へ行っただろう? ほうしたら時刻間違ャて起こいたもんだで、まんだ問屋が一軒も開いとらん。しかたねぁで、おれが戌亥島の浜へおりて、一服やっとったら革の財ェ布を拾って、家に帰ってきて、おめぁと勘定してみたら、四十八両あって、まるっとおめぁに渡しただねぁか
女房 ・・・情けねぁねえ、この人・・・いっくら貧乏しとるってって、おめぁーさん、ほんなもんを拾った夢を見たんきゃ?
亭主
おいッ、夢・・? 夢だねぁ、おれはちゃんとおめぁに渡し・・
女房 ありもせんこと言っとってかん、おめぁーさん、しっかりしてちょーでぁよ。四十八両、どこにそんなお金があるの・・・そんなお金がありゃ、この寒空にわっちは洗い晒しの浴衣を重ねて着とらせんよ、ええかね?
たいして広い家だねぁ、天井裏でも縁の下でもどこでも捜してみやー、どこに四十八両なんてお金があるの、しっかりしてちょうでぁ。おめぁーさん、なんと情けねぁ夢見るの、ええかね? よく聞きゃーせ、昨日の朝起こィたとき、なんと言やーた。うるせぁって、ひとのことをどなりつけて、ね? あんまりしつこく言ってまた手荒なことされたらどもならん。だでわっちは、いまに起きてくれるだろう思ってそのままにしといたら、いつの間にか、おめぁーさんはまた床の中へもぐりこんで寝てまって、今度は、起こそうとゆさぶろうと、どうしたって起きィせんで、おうじょうこいとったら、ほんでお昼時分にガバっと起きたかと思ったら、『おい、手拭出せ』 ・・・手拭持って朝湯へ行ってまって、帰りに寅さんだの、金ちゃんだの、竹さんだの連れんた大勢呼ばって来て、『おい、酒買ってこい、天ぷら、鰻も誂えてこい』 友だちのいる前でおめぁさんに恥をかかせてまうようなこともできんと思ったで、どうしてまったんだろうとは思ったんだけど、お酒を無理に都合してまって借りてきたり、天ぷらを頼んだり、鰻を誂えたりして、なにがうれしいのか知らんけど、さんざんおめぁーさん飲んだり食ったりしとりゃーす、おめぁーさん、もうぐっでんぐでんになるまで酔っ払ってまって、そのまんま寝てまっただねぁか、ほうだろ? いつおめぁーさん魚河岸行ったの?
亭主 ・・・ちょっと待ってちょー、おい!・・えッ? 昨日、おれは、朝、おれは戌亥島へ行かなんだきゃ?
女房
行くわけねぁーだねぁーか、起こィても起きーせんで、床ン中でぐざって寝とっただねぁか
亭主
えッ? ほんならなんでぁ? おれ、昨日の朝、行かなんだ? 夢だわ?・・どえれぁはっきりした夢だなあ・・・・なに言っとる・・・え? ほんでも、正雲寺の鐘はどこで聞いたんでぁ?
女房
何言っとるの、鐘ならここでも聞えるだねぁか。いま鳴っとるのは正雲寺の明六刻(アケムツ)だがね
亭主 ・・・あっ、・・夢だ、しまった、ほう言われると、おれは子供のころからときどきはっきりした夢見る癖があるんだわ・・・・・でなんでぁ? おいっ、連れ呼ばって飲んだり食ったりっちゅうのは本当きゃ、おいッ?・・・えっ? 銭を拾ってきたっちゅうのは夢で、飲み食いしたのは本当きゃ、おい? ほれでおめぁ、そんな恰好ォしとんのきゃ、・・・・・ほうきゃ、てぁもねぁことしてまったなあ、十日も二十日も商い休んでまって、家に銭があるわけだねぁでなぁ、その挙げ句に津れんた大勢呼ばってまって飲んだり食ったりしてまったきゃ・・・どえれぁことしてまったなあ・・・おっかァ、面倒くせぁで、まあ、・・・死ぬきゃ
女房
なにとろくせぁこと言っとるの、おめぁーさん、しっかりしてちょーよ。死ぬ気でやりゃーどんなことでもできるだねぁか、おめぁーさんがね、少うし身を入れて、商いを四、五日してくれやァ、あのくれぁのもんはじっきに浮いてまうがね
亭主
おれが商いに行きゃなんとかなるきゃ? え? (身を引き締めて) おっかァ、おれァな、酒が悪いんだて、え? もう金輪際飲まんわ、酒飲まんと、おれァな、一所懸命に商いするぞ、おめぁに苦労かけてすまんかったなぁ、おれはもう酒飲ませんで安心してちょう
女房 ・・・おめぁーさん、本当に、酒をやめてくれるんきゃーも? えッ? でぁ好きな酒だよ、やめるってってもやまるもんだねぁんだに
亭主
なにを言っとる、おれだって男だわ、一遍こうと歯から外へだしたことは・・・、やめるって言ったからには、きっとやめるわ、おれは、一所懸命商いにいくでな
女房
(泣いて) ほんとうに商いに行ってくれやーすきゃ?・・・ほうしてくれりゃ、このくれぁのものはどうでもなるでね、ほれどころか、おめぁさんの見たのが正夢になって商売が繁盛するに・・・
亭主
よしっ、とろとろしとっちゃかんで、まわししよッ・・・ほんでも、二十日も休んどるで、飯台の箍(タガ)がはじけてまっとるだろう?
女房
糸底へひったひたに水がはったるで大丈夫だて
亭主 包丁はどうなっとる?
女房
おめぁーさんが研いで、そば殻ン中へつっこんだるで、ピッカピカだわ
亭主
よしッ、草鞋は?
女房 まわしできとるよ
亭主 ・・・あー・・・妙なもんだなァ、夢にもそんなところがあった気がするわ、仕入れの銭はどうぞこうぞあるきゃ
女房
ちょびっとだけ、こしらえて巾着へ入ェっとるで、今朝はそれで我慢しといてちょうでぁ
亭主
おっかァ、おめぁはえれぁな、なあ、こんな飲み食いして、その上まだおめぁに仕入れの銭まで都合させてまって、・・・かねしてくろ。そのかわり、おれは、まあ酒やめてまめに働くでな、ほんなら、行ってくるでな
女房
しっかりやってちょーでぁね、河岸行って喧嘩したらかんよ
亭主
大ァ丈夫だわ・・・
* 町々の時計になれや小商人(コアキンド)――人間ががらっと変わって、商売に精を出す。あの魚屋さんが来たから、もう何刻だ、あの豆腐屋さんが来たから、そろそろお昼だよと言われるようになれば、商人も一人前――。 好きな酒をぴたりとやめて、早く河岸へ行って、いい魚を仕入れてきて・・・・・もとより腕のいいところへもってきて、お得意を持っている
「やっぱあれだわ、魚は魚正だねぁとあかんなも」
「おう、寄ってってちょでぁ、おれンとこへも・・・」
「じゃァ、あしたの朝忘れんと来てちょーでぁよ。夕河岸(ユウガシ)にも、いつかまた来てちょーよ」
・・・三年経つか経たないうちに、裏長屋にいた棒手振りが、表通りへ間口は小さいがが魚屋の店を出すようになった。・・・・・『御料理仕出し』 というのを障子へ書いて、岡持ちの三つ、四つ、若い衆の二人、三人置くようになった。
ちょうど三年目の大晦日――。
女房
お帰りなさい、どうだった?
亭主 にいやしいにいやしい、今度の派手好みの殿様のお陰だわ。広小路も混みっ混みで、まあ芋洗っとるみてぁだったわ・・・まあ、そこらへんちゃっちゃと片付けて、ぐずぐずせんと、ほれ、みんな早ェとこ湯に行きゃええがね。まあしめぁだろ? お得意さまンとこへは届けるもんは届けてまったんだろう? おう、ちゃっちゃと片付けてまえ、ああ、どんどん。うん、残った魚はどうにでも始末がつけれるで、くろのほうに一緒くたにしときゃええ、まぜこぜでもええに、早ェとこひとっ風呂浴びてさっぱりしてまえ。ここんとこずうっと遅ゥまで働いとったんだで。ぐずぐずしとると、どんどん湯が汚ななってまうでな。・・・・・ほうだて、どうせ空(ス)くわけねぁわ。ほれで、なんだ? 包丁はどうしたんだ? 研いでそば殻へつっこんどいた? ようし、包丁の始末さえついとりゃ大ァ丈夫だ、道具はだだくさにしたらかんぞ、えか、ほれから、その飯台の上にも、注連飾り、うん、ようしようし・・・高張(タカバリ提灯)は出とるな、今夜は出しっぱなしにしとかなかんのだわ、うん、早ョから熱田(アッタ)さん初詣に行く仁もおるでよー・・ほれからまっと炭ついどけよ、しみったれとったらかんぞ。勘定取りにくる仁には、表は寒(サブ)いもんだでよ、ぬくとぇのがなによりのご馳走(ゴッツォ)だでよ。まっとぎょーさん火つけときゃーせ。
で、おめぁんた、なんだぁ、みんないっぺんに行ってまったらあかんがね、まんだ誰ぞが勘定取りに来やーすかわからんで、代わりばんこに・・・
女房 ええて、みんな、つらって行ってこやーせ、勘定取りにくる仁はまあ一人もおらせんのだで、・・あとの細きゃーことはわっちがやっとくで安気にいってりゃーよ
亭主 おう、 なんだ、ほうきゃ、払いはまあ早ェみんな済んでまっとるんきゃ、ほんならええわ・・・かみさん、あとはやるげな。早う湯行け、遅ェことは猫でもするぞ
女房 ほんとにええで、湯はまとめて行ってちょうすきゃ。・・・あっ、ほれでそこに、蕎麦の入れ物(モン)があるだろ? 向うだって今日は忙しいでなっかなか下げに来れんだろうで、ついでだで行きがけにちょっと返やしとィたって うん、銭はそこに載せたるやつだわ、お釣りは担いでった者(モン)が煙草でもなんでも好きなもんを・・ま、やめやーみっともねぁ、ちょびっとばかの煙草銭で奪ェ合ェみてぁな、正月が来や、やるだねぁか・・・うんうん、で、あとびしっと閉めてってちょーすきゃ・・・・・・おめぁーさん、そんなところへいつまでも立っとらんで上がりゃーせ
亭主 うん、上がるけどもよう・・・おっ? どことのう明るて、なんかしゃんおれの家のような気がせんと思ったら、畳を替えたんきゃ
女房
おめぁーさん、朝から店におったで気が付かんかったろうけど、前々からわっちは、どうにかなったら畳を暮れに取替えたいっちゅうのが夢だったんだわ、ってってもここらへんだけだがね、さっきから畳屋さんに骨折ってもらって、つるっと替えてもらったんだわ、ええ気分だろう?
亭主 ほうきゃ、そんできゃ・・(上がって、座につき) ああええ気持ちだわ、昔っからよー言うな、あれだぁ 畳の新しいのとかかあ・・・は古いほうがええけどな
女房 あれっ、まぁおぇてちょーでぁ、変なお世辞言わんでもええに
亭主 ほんでもあれだわ、おっかァ、考えてみやありがてぁもんだに、昔は、大晦日が怖ぎゃあもんだったで、こういう日が来るとは夢にも思っとらんかったな、はっは、三、四年前だったきゃ、びっくりこいてまったことがあっただねぁか、覚えとるきゃ?まあ、ねっちもさっちもならせんでよー、どこへ行ってもそっこら中で断わられてまって、一文の銭も、ま、なんともならせん、『おっかァ、なんとかならんきゃ』 って言ったら、『わっちがうめぁこと言い訳をするで、おめぁーさんは、嘘がつけーせんで、喧嘩になってまうといかんで、顔を見せやーすとまずいで戸棚(トナダ)ン中へ入ェっとってちょーでぁ』 って言うもんだで、おれは戸棚ン中におったら、おめぁが 『伯父さんところへ行っとるで夜が明けるまでには目鼻ァつけるわ』 なんてってうめぁことごまきゃーて、みんな借金取り帰さしたけど、いちばん終ェァに米屋が来たけどうめぁこと帰ったもんだで、『もうだれも来る者は居らせんで、おめぁーさん出てきてもええよ』っちゅうもんだで、おれが戸棚から出たとたんに米屋のたわけが、提灯忘れたってって戻ってきやがって。ま、びっくりこいたわ、あのときは・・・まあ戸棚へ引っ込む間がねぁで、おうじょうこぇとったら、おめぁがそばにあった風呂敷をおれの頭からぱッとかぶせやがって、おれは中でガタガタ震えてまった。ほんでも、米屋の言い草がよかったなぁ 『おかみさん、よっぽど寒いとみえて、風呂敷も震えとるがね』 って言いやがった。春になって、米屋に顔を合わして、正直モンの正ちゃん、あんなきまりの悪いと思ったことはなかったわ、はっはっは、大笑ェだぎゃ・・なぁ? 本当に、今夜は取りに来るとこはねぁんか?米屋は来んきゃ?
女房 おめぇあさん、あん時はよー我慢しゃーたね。米屋さんには次の年からはきしーっと払とるよ。今日も昼前にござったでね・・・今年は取りにくるどころだねぁて、逆にこっちからちょうだぁしにいかんならんところが二、三軒残っとるんだけど、なにも『大晦日だで』って急かしてもらわんでも春になってからでも、ゆっくりもらやええと思っとるんだわ
亭主 うんうん、ほうだわ、お互ェに覚えのあることだわ、な? 無理に取りにいっても払えんもんは払えんのだで・・・春きゃ、ほうだな、お互ェにええ顔してもらったほうが気持ちがええでなあ・・・はぁ、茶を一杯ェちょーでぁ
女房 ちょうど除夜の鐘が鳴りはじめたね。福茶入ェっとるで福茶飲みゃーせ
亭主 おっ、・・福茶っちゅうのは・・・大晦日になるとせぁーが妙な茶を飲ませたがるもんだな、あんまり好きだねぁんだど、おぅ? 飲まなかんきゃ?ちょっびっとだけも?縁起もんだでな、ほんなら、ひと口だけ・・・蕎麦すすって除夜の鐘聞いて福茶飲んで・・明日は、ええ正月だに。なァ、飲むやつらは楽しみだろうなあ
女房 おめぁさんも飲みてぁだろうねえ
亭主 あー・・・いやあ飲みたねぁわ、うん。(茶を飲み干して)・・茶もう一杯ェちょーでぁ
女房 ほうかね?・・・おめぁーさん、あのう、実は・・見てまいたいもんがあるんだけどねえ?
亭主 なんでぁ着物きゃ、おい? だめだわ、おれは女の着物とか、何がでぁーつぅか、からっきしわからんのだわ、おめぁが気に入ったやつをええように着やええがね
女房 いいえ、着物の話だねぁんだわ、わっちがおめぁーさんに聞きもせんと着物みてぁな買うもんきゃ、みせてぁっちゅうのは、実はお金なんだけどね
亭主 ああ、へそくりきゃ、ええだねぁか、おめぁにへそくりができるようなら、てぁしたもんだがね、へそくりは女房の甲斐性だて
春になったら好きな着物を買うなり、芝居へ行ってもええて・・・橘町でも七つ寺でも京や江戸から役者んたが来て、歌舞伎やっとるげなぞ、こねぁだの闇(クラガリ)の森の心中がまぁじっき浄瑠璃になるげなぞ・・・好きに使ったらええだねぁか
女房 ほーだねぁ、ほーいうお金だねぁんだわ、・・・じつは、おめぁーさんこれなんだけどね・・・この財ェ布に覚えはねぁかね?
亭主
なんだぁ?・・汚ねぁ財ェ布だな、こういう汚ねぁ財ェ布に入れとくとせぁーがへそくりは気が付かれんでええっちゅうのきゃ、へッ、いろいろ考げえとるんだな、だけど、これ・・女の財ェ布だねぁな、これ・・・、え? 財ェ布は汚ねぁけどもよーけ貯めとったなあ、おい? こんなにへそくられとったら、まー、おい、どもならんなぁ、おれだって、ヘヘッ、ほほ、あるあるゝゝゝゝ・・なんだぁこれァおい? こっすぃことしやがって、なんだぁこれァおい、いい、ちゅうちゅうたこかいな・・・ちゅうちゅうたこきゃな、ひとよひとよ・・・ふたァふたァゝゝゝゝ、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、・・・・・
*勘定してみると、小粒で四十八両――。
亭主 おっかァ、なんだぁ? この銭は?
女房 ・・・おめぁーさん、この革財ェ布と四十八両に覚えはねぁかね?
亭主 ・・・革財布と四・・・(と、考えて、ぽんと一つ手を打ち) おっかァ、まあはい三、四年前きゃ、おれが、戌亥島の浜で、革の財ェ布に入ェった四十八両の銭拾ってきた夢みたことがあったなぁ?
女房 ・・・実は、おめぁーさん、これは、あんときのお金なんだわ
亭主 あんときの銭? おめぁあんとき、おれに夢だと言っただねぁか
女房 ほーだでね、あれについて、おめぁーさんにね、今夜話を聞いてまおうと思ってね、おめぁーさんはじっきにむかついてまうで、途中でごわきゃーたりせんと、わっちの話を終わりまできいてちょうでぁーよ、ええかね?それだけは頼んだよ、えか、実はね、このお金、おめぁーさんが戌亥島の浜で拾ってきたんだよ
亭主 おめぁ夢だって言っとただねぁか、ほんなら、なんだぁ、あれは夢だねぁのか、
女房 本当のことを言えば夢だねぁんだわ・・・
亭主 おめぁー亭主のおれに嘘つィとったんきゃ?下之一色生まれは、喧嘩っ早ェんだけど嘘はつかんのは、おめぁも知っとるだろう、ほれだで国府宮の祭にも籤とらずの、一番で鮪を納めさしてまえるんだわ、下之一は正しいちゅう字になることぐれぁおめぁも知っとるだろ、正色(しょうしき)の正五郎の女房のおめぁーが・・・
女房 わっちは、ねえ、おめぁーさんにぶたれようと、蹴飛ばされようとなにされてもかまわんけど・・まあその前にわっちの話を聞いてちょうでぁせ、ほれで、ね? おめぁーさんがこのお金を拾ってきてね、二人で勘定してみると四十八両、『おめぁーさん、このお金どうするつもり?』って訊いたら 『明日っから商売みてぁな行かんでも毎ェ日毎ェ日好きな酒を飲むんだわ』ておめぁーさんがちょーすいてまったがね? ああ困ったことになってまったなぁって思っとったら、おめぁーさんが按配(アンベァ)よう、お酒飲んで、そのまんま床ン中へ入ェてぐっすり寝こんでまった。その間にわっちは自分ひとりじゃどうにも始末がつかんと思って、大家さんとこへ、この財ェ布とお金を持ってって、『実は正五郎が戌亥島の浜でこれを拾って来たっちゅうんだけど・・・どうしやーす?』 『どうしやーすって、そんなお金、おめぁ、一文だって手をつけてみい、正公の身体は満足でおられーせんぞ、てぁもねぁ話だわ、すぐにわしがお上へ届けたるで、おめぁは、正公を、寝とるのが幸ェだで、夢だとかなんとか言ってどうぞこうぞちょうらかしときゃーよ、後はわしがええように勘考したるで』ってね、家主さんがお上のほうのことを按配ようやってくれたんだて。ほーでも、おめぁーさんが目覚ましたときに、よっぽど言ってまおうかと、ここんとこまで出かかったんだけど、いや、ほんではあかん、ここで本当のことを言ってまったらどえれぁことになってまう それよりも夢にしといたほうがええと、ぐっと我慢して、とうとうおめぁーさんに、夢だ夢だって、わっちは、押し通してまったんだけども、せぁーしょのうちは、隠しとるの気ずつねぁて・・・ほんでも、おめぁーさんえらかったわ、あれほど好きな酒をぷっつりやめてまって、夢中になって商いに精をでぁーてくだれた (と、目頭を袖口で拭き) 雪の降る日なんかは、ああ、あんなに一所懸命になって商いをしてくれとるんだ、帰ってくるまでに一本、つけて、好きなもんでも取っといたったら、どんなに喜ぶかしゃん、と、何度か思ったこともあったけど、そうだそうだ、なまじそんなことをしてまって、せっかくここまで辛抱してきたもんを、また昔みてぁに酒を飲まれたら尚更大ェ変なことになってまうと思ったんだて、・・・このお金もでぁぶん前に、落とし主がおらんっちゅうことで、お上からわっちの手元へ下がってきとったんだけどもね、そんときも、よっぽどおめぁーさんに打ち明けて、すっきりしよう思ったんだけど、実は今夜までだましかっとったんだよ。今日このお金をおめぁーさんに見てまって、今までわっちが隠し事を、正直者の正五郎がでぁ嫌いな嘘を、ついとったことをおめぁーさんに詫びて・・・腹が立つだろうて、連れ添う女房に隠し事をされて・・・ほれだで、これだけ話してまやあ、わっちは、まあ、おめぁーさんにぶたれようと、蹴飛ばされようと何されてもかまわんがね。気の済むまでおめぁーさん、わっちのこと殴ってちょうでぁーせ
亭主 (両手を膝に目をつぶったまま) ・・ほうきゃ・・・おっかァ、待っとれっ。殴るどころだねぁ・・・いや、えれぁ、どえれぁ、ごーわかすどころだねぁ・・・いま、おめぁに言われて、おれは気がついたわ、なあ?
あん時に、この金を見たときには、商いに行くどころだねぁ。毎ェ日毎ェ日、朝から晩までおれは酒飲んで、うん、連れ呼ばってきて、酒飲ましたり、好きなもん食わしたり、まあ、ほんなことばっかしとったら、こんだけんばかの金みてぁなもん、じっきになくなってまっとるわ。元の木阿弥だて。ほれだけだねぁーて、このことが、もしもお上に知れとったら、おれの身体は満足ではおれんかったかもしれんに。どこぞの寄せ場送りになってまって、いまごろまんだもっこ担いどったかもしれん。そいつをおめぁのおかげで、ま、こんだけの店の主になって、親方とかなんとか言われるようになれたんだねぁーか、なぐったりするどころだねぁに、おっかァ、おれに礼を言わしてちょう・・このとうりだぁ・・・
女房 なに言っとりゃーすの。両手ついたりなんかしてまって。・・・ほれだったら、おめぁーさん、わっちは堪忍してまえるんかね?
亭主 堪忍するもせんもねぁわ、おれはおめぁに心底礼を言いてぁんだて
女房 いいえ、礼みてぇあな言われてまったら、きまりが悪いでかん。わっちは今日はおめぁーさんにうんと怒られるだろうから、機嫌直しに一杯ェァ飲んでもらおうと思って・・・ほれ、お燗もつけたるんだよ・・
亭主 おっ酒きゃ? なんでぁ、お? お燗がついとる? どうもさっきから何かええ匂ェがしとると思っとたんだけど、おれは畳の匂ェだけだねぁと思っとったんだわ。本当きゃ?
女房 まあ、こうやって、若い衆の二、三人もおるんだし、いつおめぁーさんがお酒飲んだってお得意さまへご不自由をかけるようなことは金輪際ねぁだろうと思ってね、もう今夜からはおめぁーさんにお酒を飲んでもらってもええんだねぁかと思ってね、好きなものも二品三品作っといたんだわ・・・
亭主 ほうきゃ、ええきゃ、ほんとに飲んでまっても、お? ほうきゃ、飲みたかったんだわ、福茶みてぁな飲まにゃよかった・・・まぁ・ありがてぁなあ、おっかァ、おおお、茶碗の方がええわ、やっとかめだでなぁ、猪口みてぁなもんでちびちび飲んどれんわ・・・注いでちょう、おっとと、(湯飲みの中をしみじみと眺めて) どうだ、まぁ、ええ色だねぁか、え? ぷうんと匂っとるがや、匂ェを嗅ェだだけでも千両の値打ちがあるて、(一つ、頭を下げて) ・・、ええんだな? ほんとうに飲んでも・・・ええんだな? おい・・・ああ、ありがてぁなあ、たまらんて (と、湯飲みを口元まで持っていって) あ! やめとくわ・・また夢になってまうと あかんで